MEDIAの役割、タレントの感性

昨日、小室哲哉さんの引退会見映像をAbema TVのFBアーカイブで観た。本件、周囲の人も騒いでいたので気になってたのだが、Abema TVは、こうして観たい時に観れるから快適だ。最初、YouTubeで誰かが勝手にアップしたTV映像を探したところ、いいのがなかったのだが、Abemaにあった。Smap脱退組の72時間テレビ以降、すっかり Abemaの快適さに気づいた次第。

TV >>> 違法アップロード映像 >>> 合法ネットTV

と、時代が変化してるような気がする。

さて、小室哲哉さんの引退会見映像だが、観ていて、なんだかとても寂しい気分になった。90年代の彼の活躍ぶりからは、イイ刺激をたくさんいただいたし、引退がとても残念。当時、私はエイベックスの向かい側のビルで働いていて、青山通りの向こう側で、驚異的なスピードで進化している彼らのギラギラ感から、日々、感化されて過ごしていたなぁ。引退そのものよりも、小室さんが、なんだか元気がなくなってしまっている姿が、一番寂しいのかもしれない。

今回の件は、文春さんの不倫報道がきっかけだった。文春砲と銘打った報道は、近年、盛り上がっており、スキャンダラスで面白いんだけど、今回のように、一方的に報道して終わりだとなんだか味気ない。ちゃんと“オチ”まで想定して、キャッチボールしていく感性が、メディアには必要かも。これもエンタメの1つなので。

90年代、小室さんは独身ではあったけれど、あの頃に浮気のニュースが報道されたら、エンタメ的に盛り上がったのかもしれない。思い返してみると、常に、若くて可愛い女の子を次々と乗り換えてる浪費感こそが、あの頃の彼のギラギラ感や優れた音楽性の根源だったような気がする。2000年くらいを境に、小室さんはとてもマジメになったような気がしていて、奥様への純愛が軸になってしまうと、やはり感性が鈍ってしまうのかも。かつて、ジルドゥルーズが、パラノ型からスキゾ型への移行を唱えていたけれど、何歳になっても、スキゾ型の感性を持つ続けたいものである。

ドゥルーズやガダリも哲学が日本に“輸入”されたきっかけは、浅田彰さんの影響が強いと思うが、「構造と力」、「逃走論」も、また読み返してみたい。これを読む度、なんだか元気になるw